インターネット講座 [角川インターネット講座]

Home > 刊行記念「角川インターネット講座」の作り方 >  「角川インターネット講座」の作り方Vol.3 なぜ企業はメディア化するのか?(第10巻より)【対話:小林弘人×柳瀬博一(+山形浩生) 企業と製品と社会の新しい関係】
KADOKAWA・DWANGO統合記念出版 刊行記念「角川インターネット講座」の作り方 【インタビュー】「角川インターネット講座」全15巻小林弘人x柳瀬博一(+山形浩生)

■一方通行のコミュニケーションから相互作用へ

山形 このたびは本の企画にご協力いただいてありがとうございます。今日は僕、横のほうでおふたりの話を聞かせてください。


柳瀬 今日のお題は「メディア化する経済」。「インターネットの普及で『だれでもメディア』時代がやってきた」と数年前に看破された小林さん、ついに個人どころか、企業、ひいては経済までがメディア化した、ということでしょうか?


小林 そうですね、それにはいくつか背景があって。まずひとつは、ウェブもそうでしたが、さらにスマホのようなパーソナルな情報発信機器によって個人の発信する力が持ち上がったということがあります。個人がメディア化した結果、企業のいろいろな側面が評価経済的な場にさらされるようになったということはいえるでしょう。いまは誰かがスマホから投げかけたひとことに、みんなが脊髄反射のように「いいね!」ボタンやシェアボタンを押していくでしょ。評価が可視化されるようになって、それが直接的な販売などに結びつかずとも、企業を計るひとつの価値として、年々見過ごせなくなっています。
 一方で企業も、メディアを持っているとどんなキーワードやコンテンツがどういう人に刺さるのか、どういう経緯で買うにいたったかということが直接わかるようになっています。また、商品名やブランド名以外にも、どんな検索ワードでコンテンツにアクセスしたかということにはすごい知見が含まれているわけです。それは、他社を出し抜いたり、次の製品や広告に役立てることができる。ブログをやっていれば誰でも気づくことだけど、企業ではこれまであまり活用されていなかった。
 もうひとつ、多くの製品はコモディティ化のサイクルが速くなっているので、どうしても似かよってきます。それを差別化するために、これまではイメージ戦略やキャラクターの起用などを行ってきましたが、そうではなくて顧客との間に信頼を築いて「絆」をつくり、その関係性を中心にコミュニケーションをはかるという方向性が生まれてきた。つまり、情報は“伝える声の大きさ”だけでなくて、“強弱”になってきている。強弱とは、相手との関係性やそれを差し込む文脈によって刺さったり、刺さらなかったりするのです。


柳瀬 企業はこれまでマス広告で共感を呼んで一瞬にして注目を集めるという方法をとってきたわけだけど、それは一過的で持続性がありません。そして、企業からの一方向のコミュニケーションだったというわけですね。


小林 マス広告は今後も一定の役割を果たしていきます。でも企業は、ウェブのメディアでもイベントでもいいのですが、自分の考えをどう伝えるか、どんな人にどういうメッセージを投げかけて評価してもらうか、そして広告で呼び込んだ消費者の関心を次の行動にどうつないでいくか、その一連の流れを“デザイン”し、それに合わせてメディアやコンテンツ最適化できなくてはならない。


柳瀬 インターネット時代の企業のコミュニケーションを考えるとき、見落とされていることがあると思うんです。メディア化した企業がコミュニケーションしなければいけないのは消費者だけではないということ。
 企業のメディア化というと、消費者とのコミュニケーションだけを念頭において商品やサービスの宣伝のことばかりを考えがちです。でも、たとえば株を買ってくれる投資家とのコミュニケーション=IR、採用したい人材とのコミュニケ—ション=HRなどは、消費者向けの広告以上に重要なはず。社員やその家族、関連企業や地域社会といったステークホルダーすべてに対する情報発信ができるはずです。
 日本企業は世界から見ると実力に比べて株価が安いとよく言われますし、日本のB toB企業は世界の投資市場や人材市場でその実力を知られていないケースが多い。その理由のひとつに、世界に目を向けたIRやHRが足りないということが挙げられます。企業ブランドの存在価値が薄ければ株価は実力より安くなるし、企業の姿勢や事業がちゃんと理解されていなければ、自社にマッチした人材を得られない。そっちに向けたメディア化はまだまだ遅れています。


小林 特にいままでのIRは、想定問答集のような無味乾燥なものが少なくないですよね(笑)。

■それは広告だけの話なのか?

山形 いまの話を聞いていると、B2Bの企業ももっとPRしなさい、イベントで話題作りしなさいという話に聞こえるけれど、メディア化の意味するところは、実はもっと広いのではないでしょうか?


小林 広告ではエンゲージメントという言葉を使って、コミュニティと企業の“契り”みたいな感じのことを言うんです。もうちょっと簡単な言葉でいえば“愛着”。それは継続的な関係から生まれる信頼から醸成されるものです。つまり、広告だけではいかんともしがたいものがある。それは商品や企業理念に及ぶわけで、そこにどんなに高い下駄をはかせても――つまり、広告をマスにじゃぶじゃぶ投下しても、消費者は見抜いてソーシャルメディアなどに辛辣な意見を書き込む。この状態では信頼も何もないので、これまでのマスコミュニケーションでは解決できない。消費者と対等に向き合う場所が必要になる。ただし、密室ではなく、オープンな場で。それが企業メディア化のひとつの目標でもあるでしょう。


柳瀬 企業が社会と継続的にコミュニケーションしていくことは、本当はインターネットの台頭とは関係なく、カルチャーとしても戦略としてもやってこなければいけないことだったんですよ。でも日本では、資本の調達と人の採用を銀行とリクルート会社に任せっぱなしだった。それが、20世紀の終わりにインターネットの台頭と機を一にして金融崩壊が起き、さらに大卒の新人一括採用だけが人集めの手法じゃなくなるといわれるようになったわけですね。広告のみならずIRもHRも含め、企業自らがマーケットとコミュニケーションをとる。その成否で今後の業績も決まっちゃう時代が来ていると思う。


小林 僕がずっと言い続けている企業のメディア化というのは、MITのグレン・アーバン教授が言っているアドボカシーマーケティングに近い。自社製品の情報というよりは顧客の助けになることや知りたいことを継続的に出していって信頼関係をつくり、その間に自社の製品や活動を織り込めるようだったら、ウチはこんなことをしているけど、どう? と、コソコソじゃなくて正々堂々と売り込めばいい。


柳瀬 ほんとうに。じっくり付き合いを継続していかないといけない。


小林 そうなんです。継続していくの、たいへんだけどね。企業によっては、メディアを始めたら3か月後に売り上げが2倍だよな、約束しろよみたいな……(笑)。でも、資料の問い合せとか、そのコンテンツを読んだから次のイベントに参加してくれたというような行動の変化を数字で裏付けるというように、立証可能かつ持続的な小さなゴールを積み重ねいくことはできる。その継続なんですよ。

■企業とコミュニティの間をつなぐ編集力

柳瀬 企業をメディア化するお手伝いを僕も小林さんも普段の本業として行っているわけですが、いつもぶつかるのは企業の中の分断です。メディア化した企業のお手本とされるコカコーラにしてもアップルにしても、企業の姿勢を打ち出す広報メッセージと製品のデザイン、さらにその宣伝内容は、テレビコマーシャルを見ても、企業のウェブを見ても、イベントを見ても、店頭を訪れても、すべてトーンとマナーが見事に統一されている。でも大半の日本企業では、広報部門と宣伝部門とを筆頭に、各事業部でサイフは別、それぞれがつくるコンテンツもばらばらになりがち。企業のメディア化は経営戦略としてとらえ、メッセージからデザインまで社内で統一しないと、効果を得るのは難しくなります。


小林 それから、製品とコンテンツを立体的に織り込んでいく人材が絶対に必要です。僕はそれは、編集センスのある人が会社内の関係者をどんどん巻き込んでいくハブになり、さらに社内だけでなく社外とつなげていくのがいいと思っている。そういう人が企業内で育てられるのが理想的。
 コミュニティの形成って、もともとコミュニティが最大の資産だった雑誌がやってきたことです。メディアは、相手に一方的に情報を送るわけじゃない。相手の反応で自分も育てられ、コミュニティとともに育っていくという相互作用がある。その関係性が、企業とそれを取り巻く人たちの間でもようやくスタート地点に着いたかたちだね。でも、まだ誤解が多く、「なんでわが社と関係のない情報を無料で提供しなきゃならないんだ?」という、そもそものところから紐解く必要もある。そして、そのようなギャップでもたもたしている間に、すでに気づいて始めた企業とそうでない企業との差がこの2、3年先にぐっと開くところでもある。

■アイデア資本主義がメディアを牽引する

山形 聞いていてひとつ思ったんだけど。ネットが登場したばかりのころ、小さい者たちにも巨人に勝てる余地がでてくるという希望があったじゃない? でも一方で、巨人がメディア化戦略に金を投資してコミュニティを囲い込めるという姿がある。それはちょっとがっかりだなぁ。


小林 小さい会社が起こす下剋上――小さな会社がアイデアの力で全国区に踊り出すというようなことは、いくらでもあるんですよ。ネットはそれを加速する。逆にいえば、どんなに予算を投下した大企業よりもワンマン社長の中小企業のほうが、コミュニティに影響力を及ぼしたり認知されているという事例は少なくありません。


柳瀬 結局、どんな大企業であろうと、メディア化するときに現場をしょって立つのは必ず「個人」なんです。光っているメディアは、たとえ名前が出ていなくても必ずキャラの立った個人たちがちゃんと仕事をしている。アイデア資本主義、コンテンツ市場主義の世界においては、ぼんやりしたマスじゃなくって、愛とやる気とアイデアのある個人がいるかどうかが成否を決める。ビッグデータを扱うにせよ、データの料理人としての個人がいなければ意味がないですしね。


小林 それは、すごくいえてる。メディアって結局は人を動かすことだから、担当者にパッションがなきゃ、絶対にお客さんつかないよ。属人性が高い。大企業であろうが個人に毛が生えた企業であろうが、誰が牽引しているかで違う。つまり、競争はある意味フラット。

■製品のかたちが変わっていく

柳瀬 ネットによってメディアはどう変わるか、小林さんは早くからずっと考えてきて、物理的なものづくりの上にメディアというレイヤーが乗って、ものの売られ方、評判の形成が変わっていくと話していましたよね


小林 そう、そう考えていたけれど、いまはネット上の情報と人の行動とが密接に結びついて、レイヤーが重なっているというよりはすでに織り込まれている。企業は形ある製品をつくるだけではなくて、その先にある利用体験までを提供するサービス企業だといえるんです。自動車会社にしても、化粧品会社にしても。
 これからさらに、ウェアラブル端末やデジタルサイネージのようなテクノロジーが現実の社会に入ってくる。つまり、バーチャルとリアルが混合したミクスト・リアリティをどう編むか。アクセスのきっかけはスマホ動画かもしれないし、リアル店舗かもしれない。その先にどうやって人の行動を遷移させていくか、どんな人にどれが気持ちよいか、その気持ちよさはどう伝わっていくか、コンテンツや体験の織り込み方をデザインしていく必要がある。それが新たなデザインであり、かつてバブル期は意匠のデザインによって商品を差別化していたけれど、これからはいままで述べてきたような体験のデザインが差別化ポイントになる。

国内外の実例、新しいマーケティング事情、企業とコミュニティの相互作用から生まれるもの、ネットで情報があふれかえった結果人間がぶちあたりつつある壁……打ち合わせではさらに多くの話題が縦横無人に繰り広げられていった。シリーズ第10巻『第三の産業革命』には、この打ち合わせからまとめられた論考が収録されているので、ぜひご覧あれ。

第10巻ではこのほか、カール・シャピロとハル・ヴァリアンらが論じるネット経済の法則、ポール・クルーグマンが予見する未来社会、ファブ運動とコンテンツ産業の明日、都市と働き方、ビットコイン登場が金融に与える衝撃まで、インターネットが産業と経済に与える変化について多角的に考察。そしてそこから期せずして浮かび上がってきた共通項から、ネット時代の変化を解き明かしている。山形浩生が導く新たな経済論を体験してほしい。

「第三の産業革命」 山形 浩生 監修
>>第10巻の詳細はこちら

山形浩生

角川インターネット講座 第10巻 監修者
評論家、翻訳家。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻を経て、野村総合研究所研究員。現在も同所で開発コンサルタントとして勤めながら、多くの著書、訳書を手がける。トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)の訳書が大ヒット中、日本各界で格差の議論を盛り上げている。

小林弘人

角川インターネット講座 第10巻 第4章の共同執筆者。 株式会社インフォバーン共同創業者、株式会社デジモ代表取締役CEO。1994年に「ワイアード・ジャパン」を創刊し、黎明期より日本にインターネット文化を広めた。1998年にインフォバーンを設立、「サイゾー」「ギズモード」日本語版など人気メディアを立ち上げた。新刊『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』(晶文社)も好評発売中。

柳瀬博一

角川インターネット講座 第10巻 第4章の共同執筆者。 「日経ビジネス」「日経ビジネスオンライン」チーフ企画プロデューサー。入社以来、雑誌「日経ビジネス」記者、新媒体開発や書籍編集で活躍。TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」「柳瀬博一Terminal」でパーソナリティも務めた。新刊『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』(晶文社)も好評発売中。

 「角川インターネット講座」全15巻 本シリーズは代表監修者である村井純、伊藤穣一、川上量生、まつもとゆきひろをはじめとする、日本各界のトップランナーがそれぞれ監修&執筆を担当。労働革命からSNS、知的財産、ビッグデータ、そしてサイバー戦争まで、現代の新地平を展望する最高の執筆陣が集結している。